紫色のつぶやき

一人でも、金をかけずとも、人生は楽しい

槇原敬之の「どんなときも」に自分は救われていたんだなと気づいた

私はとんでもない喪失感に襲われている。

 

「もうシャブなんてしないなんて言わないよ絶対」

そんなツイートがあふれた先週の木曜日。

でも、最近芸能人をはじめとした薬物での逮捕はありふれているし、槇原敬之は過去にも逮捕されているからそこまで驚きはしなかった。

だが3日たって、私は槇原敬之にすごく救われた人生を送ってきたのではないかと気づき始めた。

 

そう、それは名曲「どんなときも」だ。

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槇原敬之は結構好きだった。

小学生のころ初めてハマった曲は「世界に一つだけの花」だし、中学生のころに初めて(?)聞いた「どんなときも」や「もう恋なんてしない」、すべての曲を聞くほど熱烈なファンではないが数々の名曲、特に「どんなときも」は私自身を救ってくれていたことを思い出してきた。

 

私が生まれるより前、1991年に発売された曲「どんなときも」

私はこのバブルの時代を生きてはいないけれども、歌詞に込められたメッセージは今でも私を救ってくれる。

知ったのは当時見ていた音楽番組。90年代に流行った曲ランキングなんてのを見ていると必ず出てくる曲「どんなときも」、帽子をかぶったマッキーが汗だくで歌っている映像がよく出てきた。

 

 

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LOW on Twitter: "マッキーMステ初登場♬︎
浴衣にキャップ·····笑

 

音楽漬けだった中学生のころはとにかく片っ端からいろんな音楽を聴いていた。リズムとメロディーが好きだったことからこの曲もすぐに歌えるようになった。 

 

高校生のころ、部活で試合に出られなかった日々。心折れそうになる自分をこの曲の一節が救った。

あの泥だけのスニーカーじゃ追い越せないのは電車でも時間でもなく僕かもしれないけど

「どんなときも」槇原敬之 1991年

歌詞の解釈は違うかもしれないけど、「こんなところで自分に負けてたまるか」と自分を奮い立たせていた。

 

大学生のころ、自分は何者なのか、自分には何もない、そもそも自分のアイデンティティってなんだ、ということに悩んでいた。

どんなときもどんなときも僕が僕らしくあるために「好きなものは好き!」と言えるきもち抱きしめてたい

「どんなときも」槇原敬之 1991年

この歌詞で、自分という人間を確立させるには「好きなものは好き」と言えばいいんだと気づいた。だから私は好きなものは好き、と言う。当たり前かもしれないけど、この歌がそれに気づかせてくれた。逆に「大衆が好きなものは嫌い」というひねくれた一面を持ってしまってもいるけれども、私は映画が、読書が、そしてワインが好きである。

 

就職活動をしているとき、私にはやりたいことなんて特になかった。

 

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どうやって会社を決めればいいんだという基準もよく分からなかった。

そんな時に道しるべを示してくれたのもこの曲だった。

"昔は良かったね"といつも口にしながら生きていくのは本当に嫌だから

「どんなときも」槇原敬之 1991年

 

とにかく今を精一杯生きて昔を懐かしむのはやめよう、そんな人生を送りたい。それは就職活動というより自分の生き方に関する決意だったけど、昔を懐かしむことはしない。それは今も続いている私の人生の指針である。

この記事が曲を懐かしんでいてちょっと矛盾しているけど、この曲は昔も今も、そしてこれからも私の道しるべになると信じてる。

 

次は社会人になってから、これは偶然ではない。ちょうど2か月前、仕事がどうしようもなく嫌になった時期があった。社会人になって2年目、これからの生き方についても悩んでいた。

どんなときもどんなときも迷い探し続ける日々が答えになること僕は知っているから

「どんなときも」槇原敬之 1991年

 

どんなときもどんなときもビルの間きゅうくつそうに落ちて行く夕日に焦る気持ち溶かして行こう

「どんなときも」槇原敬之 1991年

 

結果に追われ、決断を焦って疲弊していた私に対して、迷うこと、不安を抱くことそれ自体を肯定してくれたのもこの曲だった。何百回も聞いているはずなのに初めてこの「どんなときも」を聞いて涙が出た。

 

本人が犯してしまった罪がどうであろうと曲の素晴らしさは変わらない。今までも、そしてきっとこれからも「どんなときも」は私にもうちょっと頑張ろうと思える力をくれる。時を変え、その時々に私に気づきを与えてくれる名曲。今度はどんな気づきを与えてくれるだろうか?

結婚願望ないとか言っといてアレだけどやっぱりこの歌詞かな、と少し期待してしまう自分がいる笑

 

そしていつか誰かを愛しその人を守れる強さを自分の力に変えて行けるように

「どんなときも」槇原敬之 1991年