紫色のつぶやき

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読書「不幸になりたがる人たち」、自分の不幸も蜜の味?

精神科医春日武彦著、「不幸になりたがる人たち」を読みました。

不幸になりたがる人たち―自虐指向と破滅願望 (文春新書)

不幸になりたがる人たち―自虐指向と破滅願望 (文春新書)

 

 

安寧としての現状維持

この本は春日医師が精神科医として「不幸になりたがる人たち」を中心に事例を紹介し、分析・考察を行う本である。

「第3章 悲惨の快楽 不幸の安らぎ」に興味深い項目があった。

不思議なことに、明らかに解決法が分かっているにもかかわらず本人はその解決を拒み、それがために永遠と悩み苦しみつづけているケースが珍しくない。

  春日武彦、「不幸になりたがる人たち」

悩む自分に心酔してしまったり、悲劇のヒーロー/ヒロインを演じている人たちが少なからずいるらしい。春日医師はこうも分析している。

ヒトは基本的に現状を大きく変化させることを望まな傾向にある。たとえ不幸が持続することなど火を見るより明らかであったとしても、現状維持を選んでしまう人びとのほうがよほど多数派なのである。

  春日武彦、「不幸になりたがる人たち」

 

他人から聞くありふれた悩みは解決可能であると思っている。だからと言って人が日々悩んでいる事柄に対して「じゃあ~すればいいじゃん」と正論を吐いてしまってはあなたに悩みを相談する人は誰もいなくなるでしょう。相手は話を真摯に聞いてくれて同情してくれる人を求めているのです。

おかげで私は人に悩みを相談されるというイベントがなくなりました。

 

自分の不幸すら蜜の味にする

ここからは持論になります。不幸になりたがる人たちは必要以上に人の目を気にすると思うのです。

 

話は変わりますが私は話をするときに他人にどれだけインパクトを与えられるかを結構気にします。

大学時代に合コンに行ったとき、「合コン普通に楽しんで彼女もできちゃったよ」なんて話は他人から聞けばとてもつまらない話だと思うのです、少なくとも私はおもしろくありません。そこでボケキャラになってみたり、ネタをやってみたり、わざと本来の趣旨とは別の目的で行動することがありました、今思えば男にはウケたけど女の子はシラけていたなあ。

と、後日笑い話にするのです。そうすれば女の子からLINEの返信が来なくてもショックを和らげることができるという保険付きです。

 

今回読んだ「不幸になりたがる人たち」もその思考の延長線上にあると私は思うのです。

今自分がいかに幸せかなんて話をしたら相手からいい印象を抱かれないのではないか?何の悩みもなくお気楽に生きてる自分は何のために生きているんだろう?悩みを抱えている他の人に申し訳ない、と。そういった思考が少なからず自身の不幸を呼び寄せる可能性もあります。

人生は思考ひとつでどうとでも生きられる。幸せになるか、幸せになりたいけどなれない不幸、を選ぶかは自分次第かもしれませんね。