紫色のつぶやき

一人でも、金をかけずとも、人生は楽しい

孤独であることを認められるかどうか

ふと寂しさから友人何人かを晩飯に誘ってみたが誰も来なかった。
 
こんな時は負のスパイラルに堕ちる。
ブログを書きながら2時間程度うたた寝をしてしまい、起きた後よくわからない罪悪感に駆られた。
 
食事は外食で済ませ、ツタヤへ行く。
本屋に行くのは今の自分の状態を肯定してくれる本を見つけるためだ。
それで一時しのぎにはなる。
 
孤独を肯定する本は驚くほどたくさんある。
少し立ち読みするだけで
  • 友人とワイワイ楽しんでも意味がない
  • 一流の人間は孤独になりたがる
  • 誰かと一緒に過ごしてもどうせ寂しさを感じる
などなど、紙に書いてある文字を見て気を紛らわす。
 
どんな時に寂しさを感じるのだろう。最近ではドラマを見ているときだ。
人は一人では生きていけない。
 
そんなメッセージを発する作品はいくらでもある。
特に今まで孤独でいることを何とも思わなかった主人公が大切な人を見つけ幸せになる作品。
結婚できない男」「恋愛ニート」「デート」「逃げ恥」
 
ドラマの序盤は孤独であることを認め、楽しんですらいる主人公たちはクライマックスに近づくにつれ大切な人を守りたいと思うようになる。
 
人間とはそういうものなのだろうか。
私は大切な人のために何かを頑張った経験がないので分からないが世間はどうやら大切な人のために日々頑張っている人が多いらしい。
 
そんなドラマに影響されてしまうくらいには自分は弱い人間だ。
そんなものは幻想だということも分からなくもないが、どうしても隣の芝生は青く見える。
そんなドラマから影響を受けても孤独でいる自分を余計みじめにさせるだけだ。
 
考えてみると自分の人生にポジティブな影響を及ぼしているものは間違いなくドキュメンタリー番組や本の方が多い。
ブログで感想を書いている以上、映画は見たほうが良いとは思うがドラマはあまりにも費用対効果に見合わないと最近は感じる。多くの人が楽しめるものは自分には会わないことが多くなってきた。ちょうど自分の思っていることを代弁しているようなツイートのまとめがあった。
 
自分はコードブルーを楽しめない人間になったのだ。なぜそうなってしまったのかは分からない。自分みたいなひねくれた人間がこんな純粋な作品を見るべきではない。そんな風に思っているのだろう。
現在流行っている言葉で言えば「自己肯定感」が低いのかもしれない。
 
低俗な"はてなー"みたいな文章になってしまったが結局人間死ぬときは一人だ。周りに変な影響を受けず孤独である自分を肯定できるかどうか。まずは自分を認めてやりたいことがあればやればいい。
 
今日のところはここら辺で終わりにするとしよう。