紫色のつぶやき

一人でも、金をかけずとも、人生は楽しい

映画「エネミー・オブ・アメリカ」、超監視社会は目の前まで来ている

監視社会をテーマにしたこの映画から20年。我々の情報は知らず知らずのうちに何者かに取られ社会はどんどん監視社会に向かっているように感じる。

ストーリー 

国家の安全を守るためとの名目で政府が個人のプライバシーを監視できるような社会になりつつある法案が可決されようとしていた。電話などの通信の傍受、衛星写真での個人の特定、監視カメラ映像の確認など、政府は手に入れようと思えばたいていの情報は手に入れることができるような法案だ。

 

秘密裏にその技術を試験運用していた国家安全保障局(NSA)。

主人公のロバーふとしたきっかけで政府から秘密情報を握っていると疑われその技術を存分に使われ、命を狙われてしまう。人々の生活に踏み込み少しでも疑いをかけられた人は政府に監視される監視社会。そんな社会が果たして正しいのか考えるきっかけになる映画だ。

 

超監視社会

 

この映画から20年、そのころよりは私たちの生活は監視されているに決まっている。

アマゾンで製品を閲覧すれば他のホームページでもその製品の広告が出る。

なぜか私のタイムラインにはマッチングアプリの広告ばっかり現れる。

実際の被害例として以前テレビで見たのはSNSに挙げた写真から住所を特定されたり、指紋をコピーされるというもの。

 

 

私は別に悪用されなければいいのではないかと思う。好みなどによって適切な広告を表示してくれるHPは逆に親切とも感じる。その分ネットショッピングが進んでしまうが欲しいものならば手に入れて損はない。

 

監視社会の問題点は取られる情報を選べないこと

 問題点があるとすれば

  • 情報は知らず知らずのうちに取られている
  • 悪用されるととんでもない被害に逢う

ということだ。

知らず知らずのうちに私たちは監視されている。マップアプリを使えばその日行った場所は特定され、ネットの買い物履歴はすべて取られている。

IoTが進んで行けば家を出る時間や勤務場所、果てはその日食べたものまで特定されてしまう。

 

時として情報は悪用される。

指紋やクレジットカード情報が取られれば1日にしてあなたは借金まみれになるかもしれない。住所が特定されれば某Youtuberのようにピザが大量に届くかもしれない。

 

 

情報が取られてしまっても自己責任として片づけられる傾向にある。セキュリティの専門家ではない私はせめてパスワードを長くしたり頻繁に変更するくらいしかできないが知らず知らずのうちに監視される社会は何か気味が悪いなあ。