紫色のつぶやき

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我々は当事者意識の外で意見しすぎなのではないか?東京医大、女子受験者一律減点問題を受けて

世間では東京医大医学部の一般入試で女子受験者の得点を一律に減点していた問題が取りざたされている。

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女性差別の問題が巻き起こると我々男性は全く関係ない、と言って目をふさいでしまうことが多い。ましてや医学部を受験した身でもないため今回の問題には全く関係ないと言わざる負えない。第三者が議論に参加することこそ問題を解消していくために意味があると思う。

あえて第三者同士で話してみた

昨日は飲み会。同期数人で居酒屋で飲んでいた、ちなみに全員男。私がこの問題について話を振ってみた。

「まあ、しょうがない。差別じゃなくて区別だよ」

「医者なんて男でも女でもどっちでもいいよ、フェミニストは黙ってないだろうけどね」

「差別はダメだから一律減点するって公開すればいいのでは」

 

仕事終わりの同期同士のたわいもない話であるがゆえ、言葉の端々に配慮が足りていないがこれが第三者から見た正直な意見であるのが現実だ。私だってこのニュースを聞いた最初は一律減点をこそこそやらずに公開して堂々とやればいいと思っていた。

 

世間は多様性、ダイバーシティとスローガンを口にしてはいるが自らと価値観の違う者の考え方を学び、双方がより良く生活できるよう議論をするといったことは相当な労力を要する。

 

我々がこの問題の当事者となるまで、そして問題が解決するまで

今回の問題が解決されず我々第三者に影響を及ぼすとなればそれはどんな時だろう。東京医大が懸念している最悪のケースが起きた時か。

女子学生をたくさん入学させた挙句、結婚・出産・育児によって職場を離れ、医療が崩壊する。我々患者は質の低い医療を大量の待ち時間で受けさせられる。

東京医大は信用を無くし、我々患者は健康を害する、これが医療が崩壊した最悪のケースだ。そうなれば我々には関係ないと言いつつ問題の当事者とならざる負えなくなる。

 

仮にそうなったとしよう。しかし、我々患者は他の病院を選ぶまでだ。そうすることでこの問題を回避することができる。

 

働き方改革の問題にしてもそうだが、たとえ過労死者という犠牲が出てもなお環境は改善されないことが多い。既存のものはたとえ悪であろうとも残り続ける。

 

このように社会にせよ、会社にせよ、プライベートにせよまず問題が明るみに出るまで時間を要する。そして問題を当事者として考えられるようになるまでにかなりの時間を要するものがほとんどだ。そして大多数の人は問題に対して不満は述べるけど誰かが解決してくれるだろうと思っている。

我慢できるなら我慢する。我慢できないようならその環境から撤退し、新しい環境で心機一転することもできる。医者になるのをあきらめても生きていくことはできる。

 

今回、このような問題が明るみに出たこと自体が一つの進展だっただろう。そこからどれだけの人がこの問題に当事者意識を持って考えられるかがカギになることだろう。