紫色のつぶやき

一人でも、金をかけずとも、人生は楽しい

試合に出られなかった自分に足りなかったもの(後編)

前編はこちら

試合に出るという覚悟を持つ。私は新たな姿勢でラグビー部の練習に臨むようになった。具体的には次の3つを毎日行った。

 

  • イメージトレーニング

プレーのイメージももちろんした。しかし一番重要視したのは自分が試合前日に先生からジャージをもらい、コメントするイメージだった。自分が試合に出るに値する人間だと自分に思い込ませた。

 

  • 練習日誌をつける

自分が試合に出るために最低限体得しなければならないものを目標として設定。毎日それができたか練習後にチェックした。

 

  • 試合の研究

プレーの研究もしたがこちらも重視したのは選手としての振る舞い。試合に出る人はどんな面持ちで試合をしているのか。プレーの合間は何をしているのか。負けそうなときはどんな顔でプレーしているのか。自分が試合に出るにふさわしい人間になるための振る舞いを学んだ。

 

このように新たな姿勢で練習に臨んだといっても所詮は2か月ほど。今回の話は少年漫画ではない、現実は残酷だった。自分がレギュラーとして試合に出ることは1度もなかった。

ただ、1試合だけほかのメンバーが怪我をして自分と同じポジションの1年生が違うポジションへ(10番、スタンドオフ)。自分が9番、スクラムハーフへ入って試合に出た。

相手は格下で私が入る前から圧倒的な点差で勝っていた。私はイメージした通りの普通のプレーをして何のピンチもなくさらにその点差を広げて勝った。

普通に試合に出て普通にプレーする。ここに至るまで長い2か月間だった。努力が報われたと言えば報われたし、あのまま根性論の努力だけしていてもこの場には立てたかもしれない。ある種の納得感、達成感があったのは事実だ。むしろ自分で自分を納得させないともはや正気を保てなかったのかもしれない。

 

結局ラグビー部も県大会のベスト8で終わった。

終わってみると私は本来高校生が部活動を通して学ぶべきことよりはるかに多くのことを学べた気がした。

かけがえのない仲間とかそんなありきたりなものではない。現実の厳しさ、自分の才能のなさ、努力は報われないこと。今思えばこれは私たちが生きている現代社会の縮図そのものだ。

そしてその限界に少しだけ抗おうとした。そして努力は少しだけ報われた。全部報われなかったところがまたいい。普通の高校生が部活動を通して学んだこととしては十分だ。社会人になった今でも大いに役立っている。