紫色のつぶやき

どうせそんな悩みは1年後にはどうでもよくなってる

子持ち、DINKs、未婚、自分で決めろ!

 
 
4月は引っ越しなどで忙しく白饅頭の記事があまり追えていなかった。
今日中に4月分全部読もうと思ったが一つ一つの内容がボリュームありすぎて追えない。というかメンタルが持たない。。笑
 
 

最近の傾向

4月(5月に入ってもまだ続いている)は特にアラフォー女性のおひとり様で20年近く生きてきた結果今(40代)になって子供が欲しくなってしまう。
という闇の深い内容の記事が多かった。
 
岸田政権は異次元の少子化対策をし始めるし、スープストック東京は赤ちゃんに離乳食を提供し始めると言う。
 
これから独身はどんどん肩身の狭い思いをしていくのかもしれない。
 
数年前なら笑って読んでいることができたが、いざ自分が30代になって未婚をやっていると不安になってくるのは通常の反応か。人間の本能というのはつくづくめんどくさい。
転勤で知り合いもいない新天地に来たということも相まって一人で考える時間が増えてしまっている。
 
独身のまま40代を迎えると狂うという記事を少し前に見かけたが自分もそうなる可能性は大いにあるな。

子持ち、DINKs、未婚

結婚、DINKs、未婚のメリット、デメリットはほぼほぼ出そろった。
ブログやSNSを見ればどの生き方のメリットだってデメリットだって個人の体験談をもとにしたものが腐るほど見つかる。
 
結婚すれば
家族を築ける
子供だって授かれる
お金と時間はかかる(それこそ最初は仕事以外のすべての時間を育児にささげ、金だって数千万円かかると言われている。)
政府だって企業だって大なり小なり優遇措置をしてくれるかもしれない
夫婦仲が悪くたって子供一人で離婚の危機から逃れている家庭はもしかしたらたくさんあるのかもしれない。
 
DINKsであれば
家族を築ける
お金と時間を自分たちの好きなように使える
婚活は難航するだろう、子供を欲しくないと思っている人は婚活市場には男女とも少ないものだ。感触として100人に1人もいないだろう。
こんなリスクもあるかもしれない。(もちろん特殊ケースではあるだろうけど。。)
 
未婚であれば
家族は築けないが自分のお金と時間をすべて自分に使うことができる。
婚活で自分を消耗する必要もない
だが発狂するリスクもあれば世間からの風当たりも辛い。
これもなかなか才能が必要な生き方だろう。
 

狂わないためには

どの生き方を選択するかを自分で決めないといけない、と思っている。
当たり前すぎるが、なんとなく考えずに20代を過ごしてしまっていたのだなと今になって思う。
それこそ安易に「DINKsって最高じゃん!」と思ってマッチングアプリDINKs希望の人とマッチなんかせず、結婚相談所にも子供が欲しくない人なんてほとんどいない。
 
いたとしてマッチから結婚までの道のりは遠すぎる、自分のスペックだって高いわけではないから。。。
 
たかだが3か月で諦めて
「結婚相談所なんて退会してやったわ!これからはMGTOW!」
とそのまま30代に突入してしまったのは少し安直だったかもしれない。
行動を起こしたことに全く後悔はしていないが。
 
白饅頭氏だってこれからは個人戦になると常々言っている。
 

 

自分は婚活を諦めた結果、今は未婚でいるという選択を取っている。
正直この選択肢に今のところ自信があるわけではない、答えは10年後くらいに出るだろう。婚活だけは二度としたくないが結婚する未来もあるかもしれない。
 
こんなメリットデメリットを並べたところで持ち家、賃貸論争と同じく答えが明確に出る問題ではない。
 
大切なのはSNSで誰かのレスバを眺めて消耗したり、自分の選択が間違っていたんではないだろうか?と夜な夜な不安になるよりも、今の自分の人生をどうやったらもっと楽しめるか、という視点で人生を送ることだと思う。
当たり前すぎるが今はそれしか言えない。
 

今後のスタンス

これからは以下のようなスタンスを大事にしよう。書いておかないと忘れてしまうからな。
  • 他人と比べない
  • 途中で変わってもいいから今の生き方に自信を持つ、自分で決める
  • 自分の人生を楽しむことを第一に考える
 
これを大事にしないと自分も狂ってしまいそうだ。
では残りのGW楽しんでいきましょう!

新卒5年間の苦悩、自己主張が自らを変えた。

 
 
 
社会人として働いて5年、異動と引っ越しをしました。
 
関西地方に異動です、まだ関西弁には慣れません
 

これまでの5年間

社会人として働いて5年間。大した仕事はできなかったなというのが正直な感想です。
5年間もやってれば一度は大きな成果や売り上げをあげたり、お客さんに貢献できる仕事ができるのかと思っていました。
もちろん同じ会社内でもそういう人はいるし、私と同じように苦しんでいる人もいます。ただ私の部署は研究系ということもあってなかなか目に見えた貢献をするのは難しい部類に入るのかもしれません。
 
自らの努力はもちろん、外部環境、自らが関わっている事業、運、様々な要素が絡むことなので仕方なかったのかもしれません。
 
私は仕事を適当にやっていたわけではないので、だからこそ自らの仕事に絶望することは3か月に1回はあったと思います。
 
もちろん何も行動していなかったわけではありません。
途中からはただ努力するだけでは無駄になると気づき、世にはびこる
「自分の市場価値を図るためにも転職活動はしておいた方がいい」
という言葉の通り、毎年転職活動をしていました。
自分のような能力を持った人がいればだいたい年収はどのくらいなのか、という意味での市場価値を知ることができたのは非常に大きいかなと思います。
 
しかしいざ現職での問題点だったり転職先で何をやりたいか、ということを相談してみるとエージェントからは決まって「それは社内で異動したほうがいいと思いますよ」との回答をもらっていた。
なぜって私の希望は端的に言えば「研究から商品開発に行きたい」というその一点だったからです。
 
それは社内でもやっている部署があるからだ。
当たり前だ、商品を開発して会社は成り立っている。
でも、、それすらも気づいたのは結構最近のことだった。
ひとつの会社にばかりいると周りが見えなくなって、他の会社がよく見えてきて、もっともらしく理由を並べてはいるものの、エージェントなどの第三者から見れば
「それただ今の会社や仕事が嫌になってるだけじゃん!?」
となるわけです。
 
もちろん最初こそ
「こいつは何も分かってない!」
と思ったものですが冷静になって考えてみると
「たしかにそうだな」
と振り返ったものです。
 

千載一遇のチャンス?

半年前くらいでしょうか。
ちょうど私の部署で退職者が出ました。上司との人間関係が原因と思われます。
「これはチャンス!異動したいと言ってみて、もし実現しなさそうなら退職をチラつかせて上司にダメージを与えよう!」
そう考えたわけです。
 
それだけ私は自己主張が苦手でした。仕事に絡む事実やそれに伴う要求などは言うことができるのですが
「自分はこうしたい!」みたいな主張をこれまで仕事でしたことがありませんでした。プライベートでも全然ないです。
ましてや仕事には私情を挟まず自らに与えられた仕事を淡々とこなすこと。自己主張などもってのほか、というどこか昭和の企業戦士みたいなことを考えている節がありました。
 
今だから言えますがそれって美徳ではないんですよね。
ただ自分が選んだ道の責任を取りたくない、というある意味逃げの思考停止状態なんですよね。
 
上司との面談の場で
「商品開発がやりたいので異動させてください」
と勇気を出して言ってみました。
実際これを言うのは結構勇気が必要でしたね。もっとフランクに「会社辞めまーす」とか「異動させてよ~」言える人は多いと思う。
それはそれで度胸があるなあと感じますが社会人として同じ部署、同じ会社で5年も働くと勝手なことは言えませんでした。
逆に言えば5年も我慢していたのがいけなかったのかもしれませんが。。。
 
上司の回答はこうでした
「ほう、いつぐらいの時期に異動したいとかあるの?」
「今すぐです」
「え?でも今の君の担当業務とかあるじゃない?」
「この研究は需要がないと思ってます」
「いやーでもやらなきゃいけない事情もあってだなあ。。」
全然前向きに検討しようともしない上司にイライラしてしまい
「別に私が働く場所はこの会社じゃなくてもいいということだけ申し上げておきます」
「お、おう。とりあえず君の言い分は分かった」
 
結局言うことはないと思っていた切り札もあっという間に言う羽目になってしまいました。でもこれがいい方向に働いたことは間違いありません。
 
ここからはさらに上の上司との面談だったり、異動先を探す段階だったりいろいろありましたが無事に4月より異動できました。
異動の希望を出してそれを実現できたことはこの5年間で私が実施したどんな仕事よりも達成感がありました。
初めて私の言動で上司を動かした、そして自己主張ができた、という実感があったからです。
 
もっと大胆に自己主張していいんだなと感じた出来事でしたね。今度はこの経験を仕事で活かしていきたいですね。
 
新しい部署は商品開発ということもあって非常にスピード感を感じています。
新卒時代にこのスピード感を味わいたかったなと思ってます。
ま、過ぎたことを言っても仕方がありません。ここからまた一歩ずつ成長していきましょう。

本当に必要なものは少ない

 

 

4月から部署異動が決まっているため引っ越し準備で忙しい。

引っ越しまであと1週間を切っているのに荷造りは全然終わっていない。。。

 

 

断捨離敢行中

 

やっと不要なものを粗大ごみなりメルカリなりで処分を終えたところだ。

棚に眠っている複数のディスプレイ、何個もあるスマホやPC、着ない服、来客なんか来ないのに無駄に多い布団など、知らず知らずのうちにモノは増えていた。

引っ越し先は大分狭くなってしまうのも功を奏した。

 

なぜ不要なものが増えるのか

・安ければ買ってしまう

私はコスパのいいものが好きなので本日もセール中のタブレットAmazonで物色していた(荷造りをしろ!)。

我が家で電源も入れられていないiPad Airがあるにも関わらずだ。

タブレットで読書をし、イラストを描こうと思って購入したiPad Air、読書もあまりしてないしイラストも描いていない。。。来月から頑張ろう。

 

・捨てられない

 

捨てるか捨てないか、売りに出すのか出さないのか、今回引っ越しというタイミングがなければ多くのものはそのまま家に眠ったままだっただろう。

決断を保留してしまうのも一つの原因だ。

 

物はそこに存在するだけで我々の視界に入り、その存在を思い出させる。

存在すること自体が我々の負担となっているのだ。

私の思考を邪魔し、家のスペースを邪魔し、管理コストを増大させる。

それにも関わらずモノを捨てられないのは

 モノを捨てる労力 > モノを処分せずにそのままにしておく保留行為

という現状維持を選択してしまうからだろう。

人間は何かを変えるということが本当に苦手だ。。。

 

買うごとに捨てる意識を

新しい環境では新しいモノがまた増えていくことだろう。

新しいモノを購入した時に既存のものを一つ処分する、それくらいの相殺をしなければどんどん増えていくモノに対して一人の人間が対処していくのは難しいのではないかと感じる。

 

同じことはモノ以外にも当てはまる

 ・新しい人間関係

 ・新しい趣味の時間

 ・新しい仕事

我々の時間や体力が限られている以上、新しいものを増やすごとに何かを減らしていかないと相殺することはできない。

 

トランプ政権下でのアメリカでは法律にすらも同じようなルールを適用していた

「2対1ルール」と呼ばれているらしい。

新しい規制やルールを作る際は一つ作るごとに既存の規制やルールを一つ撤廃する、というものだ。これにより作る側も規制を緩和するモチベーションが上がるし、適用される国民も時代に合わないルールを撤廃してもらって実際に行政のスリム化につながったようだ。

sakisiru.jp

 

新しいことを体験し身に着けていくことが非常に大事な時代だからこそ、同じくらい古いものや自分に合わないものを捨てていくのが大切だ。変化を嫌う人間の特性にいかに打ち勝つかが重要になってくるだろう。